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人類を救うのはやめろ! 時間と労力に値しない 




「人類を救うのはやめろ! 時間と労力に値しない」

1951年8月、元GRUのスパイ組織の責任者エリザベス・ベントレーは、レスター・「マイク」・ピアソンが主要な情報源だったと証言した。
ピアソンは彼女の監督下にあつたソ連の工作員で、カナダ国立映画製作庁で働いていたヘーズン・シスに機密情報を提供していた 。

 ペントレーは米国上院マッカラン委員会でこう証言したーー「私はヘーズンが共産主義者であることを知ったピアソンが、それに手を貸そうとしたとヘーズンから聞いている。
ピアソンはその立場を利用して、いずれも極秘とされていた米国の会議や、とくに英国の警察組織に関する英国の会合をよく傍聴していた」

1951年当時、ピアソンはカナダの外務大臣を務めていたため、この証言は内密にされた。
それはトロント大学の政治学教授ジェームズ・バーロスの著書『悪意の欠落‥スパイ行為、ハーパート・ノーマン事件(No Sense of Evil: Espionage, The Case of Herbart Norman)』
(1986年)の付録に掲載されている。

 カナダの駐エジプト大使だったハーパート・ノーマンは、旧ソ連内務人民委員部の工作員で、1957年に当局の取り調べを受け、「自殺」を遂げたピアソンの同僚だった。
ピアソンは彼を弁護し、かばつた。




 ピアソンは1944年10月、ベントレーの監督官アナトリー・ゴルスキ(「グロモフ」) とワシントンで会った。
ゴルスキはKGBの上級スパイの一人で、英国のプラント、パージェス、マクリーン、フィルビーを動かしていた。バーロスは「ピアソンがモスクワの決定的スパイだった」という「思いも寄らないこと」を推測している。

1959年、米国国務省はこの問題を追及すべきかどうかについて会議を開いた。
その結論はこうだった「ピアソンは英雄だ。現在、彼は防衛契約において我々の政府に最大限の協力をしている」

 1939年から1941年まで、彼はロンドンでカナダ高等弁務官を務め、世界政府計画の指導者たちと交流した。彼は北大西洋条約機構(NATO)の創設に尽力し、1956年のスエズ危
機では国連の交渉窓口となつた。

 カナダ海軍司令官のガイ・カーは、1930年代から1940年代、オタワでこの高級官僚グループと付き合っていた。
彼らはフリーメイソンの合図によって互いを認識し、夫婦交換のような「進歩的な」気晴らしにふけった。
ある人物はカーにこう言った「人類を救おうとするのはやめろ。大多数はその時間や労力に値しない。ほとんどは全体主義の独裁下にある方が幸せになれる。彼らは政府が彼らのためになると判断したものを受け入れるだろう」(『サタン‥この世の王子(Satan: Prince of this World)』)

エリザベス・ベントレーの証言は、ソ連大使館とモスクワのKGBとの間の暗号文を解読した「ヴェノナ」文書によって裏づけられ、「米国当局に彼女の証言が真実であることを確信させた」(『ヴェノナ‥米国におけるソ連諜報活動の解読(Venona: Decoding Soviet Espionage in America)』1999年)




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2013/03/07 Thu. 17:17 | trackback: 0 | comment: 0edit

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